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hor.note

I hope so.

1年前にトルコでバックパッカーの旅をした話(2日目)

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今日はハイボールをたくさん飲みました。ふわふわしています。
1年前にトルコでバックパッカーの旅をした話(1日目) - hor.note の続きです。

これがイスタンブールか、これがトルコか

目を覚ましたら知らない天井が僕を迎えた。時間は朝の9時くらいだ。「知らない土地に来ている」ということをこのとき強烈に感じた。 昨夜はわからなかったが、窓の外を眺めるとイスラムの建築の建物がポツポツとある。
眠気を振り払うためシャワーを浴び、朝食を食べにホテルの横の食堂に入る。十数人入れば満員になるような小さなレストランだ。緑色のトルコ絨毯が敷いてあり、チャイやコーヒーを入れるサーバーがギュウギュウとテーブルに押し込まれている。小規模だったがビュッフェ形式だったので好きなものを選んだ。トルコの典型的な朝食にはチーズとパン、それとオリーブがつきものだ。生のトマトとキュウリがサラダとして置いてあった。

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この日は観光と長距離バスでの移動があったのでしっかりと朝食をとった。部屋へ戻って着替え、無事に初めての英会話チェックアウトを済ませ、その足で少しホテルの周りをぶらついてみる。昨晩と違っていろいろなものがカラフルに見える。街の活気が伝わってくる。屋台の兄ちゃんもホテルの支配人も同じで、客人として迎えてくれていることがわかる。

幸い宿泊したところがメインの観光スポットから近かったので、まずはアヤソフィア(ハギアソフィア大聖堂)へと向かった。東ローマ帝国時代にはキリスト教の教会として建設されたが、その後のオスマン帝国の時代からはイスラム教のモスクとして利用されていた建物だ。外観だけでなく内装もきらびやかで(モスクとして使われていたのに壁にはしっかりキリストが描かれていた)時代の移り変わりと当時の技術の高さを感じる事ができた。

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トプカプ宮殿にも行った。オスマン調の内装が素晴らしく美しい。オスマン時代の調度品なども展示されていて興奮する。もちろん日本語で「ハーレム」と言われているハレムにも入った。むさい男の警備員がいてハーレム感はなかったが、女性の居室という意味では快適そうなところだ。周りにはボスポラス海峡があり、ブルーモスクも遠くに見える。世界史好きとしてはたまらなかった。トルコに来て本当によかったと思った。このときまでは順調でしかなかった。

オトガルとブルガリア人

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昼食をとるのも忘れてしばらくイスタンブールを堪能してから、夕方になってカッパドキアへ移動する時間に近づいてきた。スルタンアフメット広場からトラムと地下鉄に乗りオトガル(長距離バスのターミナル)に向う。その途中には世界最大の市場グランドバザールがあるが、ここには最終日で乗り込み鮮烈な体験をすることになる。
オトガルは各地域にあるが、イスタンブールのは特別にでかい。レストランや日用品店が入った複合施設を中心にしてバス会社がぐるっとそれを取り囲んでいる。そして観光地からちょっと離れるだけで英語がほとんど通じない。タバコを吸うにもsmokeじゃ通じないので、わざわざトルコ語で「シガラ」と言わなければならない。バスのチケットを買えたのが奇跡だった。

乗車する予定のバスは2時間半後に到着するというので、オトガルの付近でチャイを飲んだりケバブを食べたりとまったり待機していた。しかしここでとんでもないことに気づく。次の宿泊先を決めていなかったのだ。乗車まで残り1時間、大慌てで手持ちのwifiルータの電源を付けるが、既に充電切れだ。とんだアクシデントだ!しかたがないので乗車口近くのラウンジに入る。トルコはフリーの無線LANを利用できるスポットが多いので、基本的にはどこかの店に入ればインターネットが利用できる。しかしそれとつながりやすさは別の問題である。全然つながらない。椅子に座って頭を抱え込む。宿が予約できずに野宿をするというオチが脳裏に浮かぶ。この旅最初の絶望が襲いかかってきた。

すると、テーブルの向かいにいるひとりの男性が声をかけてきた。見た目はヒゲがモジャモジャとあごを覆い、茶色い瞳で背の高い、僕よりいくつか年上に見えるヨーロッパ系の人だ。

男「ここ全然ネットにつながらないね。」  
僕「そうですね。僕のルータも充電切れちゃいました。」  
男「ルータなら俺が持ってるから、ちょっとだったら使っていいよ。」  
僕「マジすか!ありがとう!」

土壇場で奇跡が起きた。すぐさま宿を見つけ予約することができた。 運が良かった。

きっかけができたことで僕たちはいろんな話をした。出身国やお互いの国の労働事情、Appleの製品は値段は高すぎてクソだという話などなど。彼はブルガリア人で整備工の仕事をしていた。ブルガリア人と接したことは今まで一度たりともなかったが、英語でなんとかコミュニケーションが取れた。行き先は違うが同じバスに乗るということもわかった。一緒にタバコを吸いながら将来やりたいことについても語り合った。

しばらくするとガヤガヤと乗車口が賑わってきた。バスがやってきたことがわかった。

そしてカッパドキア

乗車口に向かうとたくさんのバスと人がひしめき合っていた。乗務員がなにやら叫んでいるが、まったく言葉がわからない。ブルガリア人が乗務員に聞きに行ってくれた。

ブ「ヘイ兄弟、このバスに乗ればギョレメ(僕が滞在する地域)まで行けるってさ。」  
僕「マジすか!聞いてくれてありがとう!。」  
ブ「もう時間もないし乗っちゃおうぜ。」

彼のファインプレーにより、無事にバスに乗ることができた。バスに乗り込んでからも「ヘイ兄弟、何か困ったことがあったら言ってくれよ」と気遣ってくれた。彼がいなかったらカッパドキアにすら行けなかっただろう。僕らはお互いに「兄弟」と呼び合っていた。外国人と兄弟になったのは初めてだが、おかげで不安なんてどこかに吹き飛んでしまった。

イスタンブールからカッパドキアまでは約10時間ほどバスに乗らなければいけない。20時に出発したので、翌朝の6時に現地に着く予定だ。バスの中で温かいコーヒーをすすり、チョコ味のパウンドケーキを食べて、3時間後にはそのまま寝てしまった。

気がついたときには朝の4時だった。バスが最後の休憩所に入り、乗客はみな朝食をとりに行くという。例のブルガリア人に誘われ、休憩所に隣接しているレストランに入った。しかしここは高速道路沿いのド田舎である。英語も通じなければメニューに書いてある文字もトルコ語で、何を頼めば良いかわからない。トレーを持って彼に続き、同じものを注文した。
レジについて、お金を払おうとすると店員が困ったような顔をする。いくら?と聞いても首を横にふるばかりだ。不思議がっていると、彼がこう言った。

ブ「払っておいたから、あそこのテーブルで飯を食おう。」  
僕「マジすか?!!?!本当にありがとう!!!!」  
ブ「それよりスープがさめるからはやく来いよ。」  

出会ってまだ1日とも経っていない相手、しかも彼から見れば外国人の僕に食事をごちそうしてくれた。見ず知らずの相手にここまで優しくしてもらった経験はなかった。出会ったときからそうだ。本当に嬉しかった。

朝食をとったあとバスに揺られて乗り換え場所に着いた。ここでブルガリア人と別れることになっていた。彼は一言「じゃあな兄弟、良い旅を」と言ってバスを降りて行く。ここまでしてもらっておいて何もせずにはいられなかった。停車時間はわずかだったが僕も一緒にバスを降りる。どうしてもなにかお返しがしたかったので、日本から持ってきていたタバコを渡そうと思った。

僕「本当に今まで親切にしてくれてありがとう。これよかったら受け取ってほしいんだ。」  
ブ「俺もうタバコ持ってるからいいよ。」  
僕「でも、どうしても受け取ってほしいんだ。」  
ブ「わかったよ、でももうバスが出るからはやく戻れ。」  

バスに戻り、発車してから彼が見えなくなるまでずっと手を振っていた。うまく伝えられていないかも知れないが、ここまで誰かに感謝したことはなかったし、どうやってその気持ちを伝えればいいのかわからなかった。結局ありがとうしか言えていない。自分の無力さを感じたとともに、せめてもの恩返しとして彼を見習って見ず知らずの人にも優しく接しようと思えるようになった。旅を通して、少しずつ何かが変わっていった。

早朝にギョレメに着いた。長時間の移動の疲れもあり、美しい町並みを横目にばたりとベッドに倒れ込んだ。

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